ホワイトニングの清水歯科医院ブログ
東日本大震災から半年を経過して
3月11日の大地震から半年も経過したものの、地盤沈下を起こした地域や福島第一原発の周辺等、まだまだ復興の先行きすら見えない地方もあり、政府の対応や国会での議論なども被災者の立場になって進めてもらいたいと思う。直接には被害を受けていない私たちも、先の長い復興に向けて、被災地を思い協力を続けていかなければいけない。
先日テレビで「大震災から半年」の特番を放送していたが、その中で、ある地方紙の記者が、震災後何を記事にすればよいか切ないし判らなかったと語っていた。記者とて被災者で、身内や知り合いが津波で犠牲になっているだろうし、自分の生まれ育ったふるさとは壊滅的に変貌してしまった。それでも仕事していかなくてはいけないし、何より犠牲にならなかった人間は生きていかなければいけない。
仙台で学生時代を過ごした私にとっても今回の地震はショックだった。仲の良かったクラスメイトの安否が分かったのは4日後の月曜だったし、その後分かったことだが地元のクラスメイトの中の2人は自宅兼診療所が津波にやられ、命に別状はなかったものの、診療ができない状態になってしまった。
東海地震が叫ばれて40年。仙台に居た33年前にもあっちに宮城県沖地震が来たし、今回もあっちに行ってしまって向こうが犠牲になったという思いがして、いずれ近い内こっちにも来るであろうけれど東北の人の我慢強い人間性を知っているだけに「神は不公平なんじゃないか」という気がした。
そんなこんなで当初自分もここで歯科診療している場合かと思ったこともあったけれど、義援金以外に何ができるわけでもなく、友人に連絡をとって食料を送った程度だった。連休明けに東京のクラスメイトからの電話で、被災した2人のクラスメイトに役立ててもらうため募金すると連絡が入り、わずかながら早速送金した。阪神淡路を経験した高校時代の同級生から二重ローンのことを聞いていたし、何より、物も失い仕事もできないのは本当につらいと思う。(今もまだこういう状況の人がなんと多いことか!家族を失った場合のつらさはこの比ではないが・・・)
私が実際に仙台を訪れたのは7月末になってからで、海岸付近は立ち入りができなかったけれど、その地区の中でも、洗濯物が干してあった住めるお宅と、窓や玄関の戸が流されてシートで覆ってある住めないお宅の境がある程度明瞭で、これは運というべきなのか、それにしても今後この地区が双方にとって住みにくくなってしまわないようにと願う。
2ヶ月ほど前、「日本はなぜ世界で一番人気があるのか」という題の本を読んだ。第1版第1刷が今年の1月だったので東北大震災の前に書かれたものだろう。世界の国々から日本は憧れの的だという内容で、日本の伝統・日本人の精神・日本の戦後の成長・ものづくり・アニメなどクリエイティブなところ・・・等々、多岐に亘り日本が世界に誇れることが多く、日本に憧れる外国人も多いと書かれている。(それなのに日本が好きでない若者が多いと筆者は嘆いていた。)
私も日本は大好きだ。日本の精神は災害にもへこたれない、立ち直り更に前に進む強さを持っていると信じている。困難にぶつかった時ほどよりクリエイティブにアイデアを産み出すことができ、さらに発展できると考えている。
震災の影響はあらゆる方面に及んでいるけれど、日本のことを長い目で見てみんなで前に進んで行かなければいけないと思う。

暑さに弱かったハイビスカス。この夏の猛暑で、蕾は付くものの咲く前に落ちてを繰り返していたが、9月半ばにやっと咲くまでに至った。